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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5446号 判決 1985年4月09日

原告

杉本哲子

右訴訟代理人

斎藤護

被告

株式会社大蔵商事

右代表者

矢野勝

被告

納富壽生

被告

中島清治

被告

矢野勝

被告

元木富美男

右被告五名訴訟代理人

張有忠

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二四七万円及びこれに対する被告納富壽生を除くその余の被告らについてはいずれも昭和五八年八月二〇日から、被告納富壽生については昭和五八年九月三日から右各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事   実≪省略≫

理由

一請求原因1の事実、並びに、同2、(一)の(1)の事実のうち、被告会社が、砂糖の海外商品先物取引について、昭和五八年五月二七日の午前一〇時頃原告方に勧誘の電話をしたうえ、同日午後四時頃被告元木を原告方に赴かせたこと、原告方を訪れた被告元木が、原告に対し、被告会社の実施する海外商品先物取引を勧誘し、原告宅から被告会社に電話し、香港砂糖二口(一口が金六〇万円)の注文をしたこと、原告が、被告の差出した取引約定書等の書類三通に署名捺印して交付したこと、同2、(一)の(2)ないし(4)の各事実、同2、(一)の(5)の事実のうち、昭和五八年六月一七日午前一一時頃、被告矢野から原告のもとに電話があり、「すごく下つて、これ以上続けてもいつ盛返せるか分りません。それで残り一枚も処分しました。残金は一四万余りです。」と言つてきたこと、同2、(一)の(6)の事実のうち、昭和五八年六月二一日正午すぎ頃、被告矢野が原告方に金一四万九一二一円を持参したので、原告はこれを受取り、預り証を返還し、署名捺印に応じたこと、原告が、被告矢野の帰つたのち被告会社に電話したところ、「それは損した分です」と言われたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そして、右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  原告は、商品取引の経験の全くない昭和二七年生れの家庭の主婦であり、被告会社は、昭和五五年五月一三日香港商品交易所における商品先物取引並びに現物取引及びこれらの受託業務等を目的として設立された株式会社であつて、同会社が契約している東京商品有限公司(本社が香港にある香港商品交易所の正会員)を通じて、国内の顧客から委託を受けた注文を香港商品交易所に出している。

2  昭和五八年五月二七日午前一〇時頃、原告宅に、被告会社から女性の声で電話があり、原告に対し、「信託のビックをしていますか。」「銀行へ預けるよりも、もつと有利な方法があります。今日お宅の近くへ行く用事があるので、寄せてもらつてもいいですか。」と言つてきた。原告は、話だけなら聞いてみてもよいと思い、「いいですよ。」と返事をした。

3  同日午後四時頃、被告元木が原告宅を訪問し、原告に対し、被告会社がふだんは主に商社と取引をしている通産省の許可を受けた会社であると紹介したうえ、新聞のスクラップ等を示しながら、「今砂糖の生産地では値段が下り、生産者が大変困つている。それを助けるため砂糖の値段が上るまで援助している。だからこのような時に買つておけば、値段が上るのは間違いない。」などと申し向け、砂糖一口が金六〇万円としてこれを何口か買うように勧誘した。原告は、被告元木の右説明によつても、砂糖の生産地がどこであるとか、「砂糖の値段が上るまで援助している」との意味や、一口の意味についてもいつこうに理解できないでいたところ、被告元木は、さらに、原告のような家庭の主婦に砂糖の取引を勧めに来たことについて、「いつもは商社と取引をしているが、この時期に一般の人に勧めて被告会社を知つてもらいたい。それも二か月間だけであつて、この期間が過ぎるとまた商社との取引に戻る。」と述べたうえ、「莫大な金は入つてはこないが、二か月位で儲かる。」「銀行から一〇〇万円借りてやつても、利息を一万円払う程度ですむから、十分元が取れる。」などと言葉巧みに砂糖取引の有利性、確実性を吹聴し、執拗に前記砂糖の取引を勧誘し続けた。しかしながら、原告としては、被告元木の勧める取引が何かの利殖の方法であることはおぼろげながらわかつたものの、それがどのようなものか明確に理解できなかつたので、被告元木に対し、「主人が、日頃株式に興味を持つているので、主人とよく相談してから、取引をするかどうか決めたい。」と述べたところ、被告元木から、「興味があるのと、実際にするのとは違う。主人にこんな話をもつていつても頭から信用してもらえない。それより儲けた金を見せたうえで言つた方がよい。」などと言われたため、被告元木の説明を当初は半信半疑で聞いていた原告も、次第に被告元木の勧めに応じてもよいという気持に傾き、再度「元金は大丈夫か。」と念を押したところ、被告元木は、「大丈夫だ。」と答え、その場で原告宅の電話を使用して被告会社に電話をかけた。そして、原告は、被告元木から電話口に出るよう促され、言われるままに電話を代つたところ、被告矢野から「三枚か四枚どうですか。」と言われたので、原告が「まだ決めていません。」と答えたところ、さらに被告矢野から「今は高いので大丈夫だから。」と勧誘を受けたため、原告は断わりきれず、「二口にしておきます。」と答えて、ついに砂糖二口を注文するに至り、結局、同日午後五時半頃、取引の概要すらわからないまま、被告元木が差し出した「原告を委託者・被告会社を受託者として海外商品市場における売買取引を締結する」旨が印刷されている「売買取引書」の所定欄に、同被告の言うなりに署名・押印し、さらに同被告の求めに応じて同被告が差し出した「売買取引契約書中の別紙」と題する書面(基本保証金や手数料等が印刷されたもの)、「海外商品における先物取引の手引」と題する書面及び「お取引のための知識」と題する書面の各受領書部分に署名・押印した。右各受領書には、海外商品市場における売買取引の委託するについて、その内容の説明を受けたうえで署名・押印した旨が印刷されていて、受領書部分を切り取つて被告会社が保管し、残余の部分を顧客に交付する様式となつているが、前記のように、原告は被告元木から海外商品取引の内容及び仕組について説明を受けたわけではないのは勿論、これを十分理解して署名・押印したものでもなかつた。なお、本件砂糖二口の取引に必要な金一二〇万円は、同月三〇日支払うことになつた。

4  同月三〇日午後一時頃、原告は、原告宅まで迎えに来た被告元木の自動車に同乗して住友信託銀行八尾支店へ赴き、原告名義の貸付信託(ビック)を担保に金一〇〇万円の融資を受けたうえ、これを被告元木に手渡した。ところが、被告会社で用意の保証金預り証には既に金一二〇万円と記入されているので、これを金一〇〇万円に訂正する必要があり、また、原告自ら被告会社を実際に見ておく方がよいとの被告元木の言により、原告は、そのまま被告会社堺支店へ連れてかれ、同支店では、被告矢野が原告と応待した。そして、帰途も原告は被告元木の車に同乗することとなつたが、その途上同被告から「もう少しふやしませんか。今なら絶対間違いない」などと言われたため、原告は、まだ多少自己の手持ちの金を持つていたところから、つい「二口ぐらいでしたら」と返答してしまつた。この注文は、原告宅に到着後直ちに、同被告により原告方から電話で被告会社に取次がれた。

5  そこで、被告会社は、昭和五八年五月三〇日、原告からの香港商品取引所限月昭和五九年五月の砂糖四枚(一枚は一一万二〇〇〇ポンド)の買付指示を受託したものとして、同日、東京商品有限公司を通じて右砂糖四枚の買注文をなし、一ポンド当り約定値段一四・四九U・Sセントで取引を成立させた。

6  その後、同年六月七日午後一時頃、原告は、被告会社の従業員弓山昌友(被告元木の上司)(以下「弓山」という。)が原告宅へ自動車で迎えに来たので、これに同乗して再び前記銀行へ赴き、金一四〇万円の融資を受けたうえ、これを車中で弓山に手渡し、代りに金二四〇万円の預り証を受取つた。

7  同月一四日、突然被告会社から原告に対し、追加保証金一三九万二六一七円を同月一六日午後二時まで預託するよう記載した保証金請求書が送付されてきたので、原告は、金二四〇万円を払込んであるのにおかしいと思い、被告会社に電話したところ、電話に出た弓山から「それは保証金の請求ですよ。今下つてるんです。保証金を積めば何とか持直せるんですが、出ませんか。」と言われた。そこで、原告は、自己の手持金を既に使い果たしているところから、「もうお金はありません。」と答えると、「それならば仕方がない。一応四枚の内三枚を処分します」と言われた。が、原告としては、本件取引によつて損をしていることは勿論、追加保証金を要求されたものであることも全く理解できなかつた。

被告会社は、同月一六日、右四枚のうち三枚を約定値段一ポンド当り一二・九〇USセントの売落で決済した。

8  さらに同月一七日午前一一時頃、被告矢野から原告に電話があり、「すごく下つて、これ以上続けてもいつ盛返せるか分りません。それで残り一枚も処分しました。一四万円余りの差額があるので、持参します。」と言つてきた。原告はそれを聞いて本件砂糖の取引によつて利益が金一四万円余り出たものと思つた。

なお、被告会社は、右同日残り一枚を約定値段一ポンド当り一二・三〇USセントの売落で決済していた。

9  同月二一日正午すぎ頃、被告矢野が原告方に金一四万九一二一円を持参したので、原告はこれを受取り、前記金二四〇万円の預り証を返還するとともに、同被告の求めにより同被告が差出した「取引完了確認書」への、署名押印に応じた。

原告は、かかる時点においてもまだ被告会社に預託した保証金二四〇万円が戻つてくるものとばかり思つていたが、被告矢野がこれに全く触れることなく帰つてしまつたので不審に思い、被告会社に電話をかけて「保証金は返してもらえるのではなかつたのか」と尋ねたところ、「マイナスが出たので、保証金は返さない。」と言われ、はじめて騙されたことに気が付いた。

以上の事実が認められ、被告中島清治、被告納富壽生、被告元木富美男、被告株式会社大蔵商事代表者兼被告矢野勝名本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三そこで、以上に認定した事実関係のもとで被告らに不法行為責任が否(ママ)かについて、以下検討する。

1  商品先物取引は、転売・買戻による差金決済を目的とした投機取引であり、僅かの証拠金で大きな思惑取引ができる相場取引であつて、その高度に専門化された売買注文の仕組み、市場システム、用語、変動する相場の予測等から、これに精通しない素人が右取引に参加した場合における危険性は極めて大きく、ましてや、海外商品の先物取引においては、時々刻々変わる海外相場を確認するのが難かしいこと、為替相場の変動をも考慮に入れなければならないことから、その危険性は図り知れないものというべきである。

ところで、前記二で認定したところによれば、原告は、商品先物取引についての知識・経験の全くない平凡な家庭の主婦であり、一方、被告会社が実施している取引は、香港市場を舞台とする砂糖の先物取引であるところ、被告元木は、かかる原告に対して言葉巧みに砂糖取引の有利性、確実性を吹聴し、本件砂糖取引のもつ投機性や危険性については敢えてこれを伏せ、取引の概要や取引約定は勿論、先物取引の基本的な仕組み、取引所や当該商品に関する事項、相場の見方等についての説明もすることなく、本件砂糖取引の申込み方を執拗に勧誘し続け、原告において、夫とよく相談のうえ決めたいとの態度を表明しているにもかかわらず、言葉巧みに右態度を翻させたうえ、その場で直ちに被告会社に電話で注文し、本件砂糖取引の投機性や危険性を充分認識していない原告をして被告会社との本件砂糖取引を開始せざるを得ない状況に追い込んだ結果、原告の虎の子というべき財産を喪失させたものであつて、かかる被告会社の勧誘行為自体、公序良俗に違反し、かつ詐欺にも該当する違法なものと言わなければならない。

2 さらに、前記二で認定したところによれば、被告元木がはじめて原告宅を訪れたのは、昭和五七年五月二七日であり、原告と被告会社との間で「売買取引書」に署名・押印がなされたのも右同日であること、しかるに、被告会社は、同月三〇日すでに、原告から砂糖四枚の買注文を委託されたものとして、香港商品取引所に右買注文を出していることが認められるから、かかる被告会社の行為は、「海外先物業者は、海外先物契約を締結した日から一四日を経過した日以後でなければ、当該海外先物契約に基づく顧客の売買指示を受けてはならない」旨を規定する海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下「法」という。)八条一項本文の規定の趣旨に違反する違法なものというべきである。もつとも、被告代表者、被告中島清治各本人尋問の結果中には、「原告が、昭和五七年五月三〇日被告会社の事業所において買付指示をしたものであるから、法八条一項但書が適用される。」との趣旨の供述部分があるが、この但書の趣旨は、いうまでもなく、委託者が先物取引の仕組その他先物業者が知らせるべき義務のある事項について当然理解していることを前提として、一日も早く積極的に売買の指示をしたいとの自発的意思をもつて事業所にやつてくる委託者については、右本文(いわゆるクーリングオフ規定)を適用するまでもないというにあるのである。

ところが、原告が被告会社堺支店へ行つた経緯は、被告元木から「会社を見ておいたら安心されるだろうから来てくれ」といわれたことと、受取証の金額を訂正する必要があるとのことで、同被告にいわれるまま連れて行かれたものにすぎず、むしろ、売買指示は、昭和五七年五月二七日にすでに電話でなされてしまつていること前記二で認定のとおりであるから、本件には前記但書の適用はない。

また、被告元木が、原告を被告会社との本件砂糖取引に勧誘する際、原告に対し、「砂糖を今買つておけば、値段が上るのは間違いない。」などと申し向けたことも前記二で認定したとおりであるから、被告元木のかかる行為は、相場の変動について不実のことを告げる行為を禁じた法九条、利益を生ずべき断定的判断の提供や利益保証を禁じた法一〇条一号、二号の規定の趣旨に違反する違法なものということができる。

3  のみならず、<証拠>によれば、昭和五八年五月三〇日(後掲一節)、原告(顧客番号1079)が注文番号1932で買建てをした昭和五九年五月限の香港砂糖四枚は、一ポンド一四・四九USセントで取引が成立したが、同年六月一六日(前掲一節)、内三枚につき一二・九〇USセントで売手仕舞われて金一三〇万二二一〇円の損計算となり、残一枚は翌一七日に一二・三一USセントで売落ちとなつて金五八万八六六九円の損計算となつたところ、被告会社は、ヤマダサブローなる名称で、右同日に同限月同枚数の売建てをしていたことが認められる。

かかる事実は、被告会社から海外業者に注文が出される際には、顧客の建て玉に対しては必らずこれと相対する(すなわち顧客の「買」に対して「売」、「売」に対して「買」)同種・同量・同限月の被告会社の自己玉(向い玉)が建てられ、両者が手仕舞(決済)に至るまで完全に運命を共にし、その結果、顧客の建て玉が手仕舞のときに損計算になれば、被告会社の向い玉はそれと同額だけ益計算になる理であり、要するに被告会社の計算においてなされる向い玉と被告会社の勧誘によつて顧客の計算においてなされる顧客の建て玉が終始利益相反の関係に立つことを示すものにほかならない。

ところで、右の如く、顧客と被告会社との利害が一方が得をすれば他方が損をするという対立した関係に置かれているとしても、顧客自身の相場予測に基づき、顧客自身の判断と指示に従つて建玉がなされるものである限り、右取引方法自体を特に問題視すべき理由はないが、すでに見たとおり、被告会社は、海外商品取引を業務としているのであるから、経験の上からも情報の点からも、相場の判断について原告とは比較にならない有利な立場にあるのに対し、原告は、そもそも先物取引の何たるかも知らないまま本件取引に巻き込まれ、海外商品市場の仕組みなどは全く知らず、当該商品やその値動きを的確に判断する能力も情報も欠如していたものであり、原告の建玉はすべて事実上被告会社の判断によつてなされたものというほかはなく、かかる事実に徴する限り、被告会社は、当初から原告に損害を与える目的で、事情に疎い原告を巧みに誘導して本件砂糖取引に引き込んだものと推認せざるを得ない。

4  以上述べたとおり、被告会社の原告に対する海外先物取引への勧誘とその後の受託業務は、原告が先物取引の何たるかも知らない素人であることを奇貨として、甘言を弄して先物取引に引き込み、多額の金員を委託証拠金名下に交付させ、向い玉の操作を利用してこうした金員を巧みに騙取するものであつて、このような被告会社の営業活動が取引社会において到底容認され得ない不法行為を構成することは明らかである。

そして、右取引の経緯、形態等に照らすと、被告会社の右行為は、単に個々の取引に直接関与した一部役員と従業員による行為というに止まらず、被告会社全体の営業方針としてなされ、当時の同社役員はこれを容認加担していたものと推認されるから、被告らはそれぞれ共同不法行為者として原告に対し、全額についての損害賠償責任を負うというべきである。

四以上によれば、被告らは共同不法行為者として、各自原告に対し、原告の被つた損害を賠償すべき義務があるところ、原告が砂糖取引の保証金名下に金二四〇万円を被告会社に交付し、そのうち金一四万九一二一円の返還を受けていることは前示のとおりであるから、右差額金二二五万〇八七九円の内金二二五万円は、原告の被つた損害というべきである。

また原告が本件訴訟の提起を弁護士に委任せざるを得ず、これに相当の報酬を支払うことを約束したことは弁論の全趣旨により首肯しうるところ、本件訴訟の難易等本件における一切の諸事情を参酌すると、原告主張の弁護士費用金二二万円は、被告らの前記不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、結局被告らは原告に対し、右合計金二四七万円とこれに対する不法行為後である被告納富を除くその余の被告らについてはいずれも昭和五八年八月二〇日から、被告納富については昭和五八年九月三日から右各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を各自支払う義務がある。

五よつて、原告の被告らに対する請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(三浦 潤)

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